『ありがとう』と『ごめんなさい』

 私は約10年間、公立の小学校や中学校に相談員・カウンセラーとして勤務していました。大変な仕事と思われがちですが、私の場合勤務先に恵まれたこともあって、とても楽しい毎日を過ごすことができました。特に小学校では多くの人が想像するような相談業務ではなく、校内をフラフラと歩きまわりこどものちょっとした「なぜ?」に向き合う事で児童の心を支える業務をさせていただいていました。
こどものなぜ?は非常に興味深く、毎回真剣に考え真摯に答えてきたつもりです。

 ある日、ある男の子がとてもふてくされて「先生!なんで謝らなきゃいけないんですか!?」と聞いてきてくれました。どうやら何かをやらかしてしまい、だれかに謝りにいかなければならない途中だったのでしょう。

 私「どうしてそんなことを聞くの?」
 男の子「オレが謝らなきゃいけないのが嫌だから」
 私「じゃあ、人が謝っているのは嫌じゃないんだね」
 男の子「悪い事したら謝るのはあたりまえだろ!謝らない奴はムカつく!」

とさらにふてくされました。

 私「なるほどね。謝るということが当たり前は知っているんだね。さすがじゃん!」

 とほめましたが

 男の子「でもなんでオレが謝らなきゃいけないんだよ!」

と。

 私「そんなに嫌なら謝らなければいいんじゃない?」
 男の子「いいの?」

と驚きます。

 私「だって納得いかないんだし、謝らなきゃいけない悪い事はしてないんでしょ?」
 男の子「蹴ったけどさぁ…」

と小さく答えます。

 私「蹴ったんだね。でも謝りたくないんだったら、キミは蹴ったことは悪い事だと思ってない訳だし…相手の子にも何とも思ってないんでしょ?なら謝らなければいいよ」と伝えると、
 男の子「蹴るのは悪い事だよ!オレだってそんなことくらい知ってるよ!」

と腹をたてたので

 私「ごめんね。先生知らないのかと思っちゃったよ」
 男の子「いいよ。先生が間違えた(勘違いした)だけだし」
 私「違うよ。わざと言ったよ。でも許してくれてありがとうね」

とお礼を言うとキョトンとして

 男の子「なんでわざと言ったの?」

と。

 私「キミなら許してくれると思ったし、キミは先生にとって大切な人だからだよ。だから大切なことを知ってほしいと思って意地悪しちゃった。ごめんね」

と伝えました。

 男の子「なら別にいいよ。許す!」
 私「許してくれてありがとうね。で、キミは謝りに行かなきゃいけない相手をどう思っているの?」
 男の子「今はムカついてるよ。でも友達だし、仲いいやつなんだ」
 私「人ってさ、明日も必ずいるとは限らないんだよね。突然明日お家の都合でその子が転校しちゃうこともあるし、先生だって明日から働けなくなるかもしれないよね。みんな平等に明日は分からないものなんだよ。」
 男の子「まぁね。だからなに?」
 私「今、そのお友達に対してどう思ってるの?」
 男の子「まぁ…。ちょっと悪いなとは思ってるよ。」
 私「謝らなくても許してくれると思ってるでしょ?」
 男の子「ちょっと」
 私「まあ、たぶん明日になったらその子はいつも通りにしてくれるかもね。『昨日コイツに蹴られてまだ足は痛いし許せてない』と、思いながら仲良くしてくれるかもね」

と伝えると気まずそうにしていました。

 私「先生も明日二人が仲良く遊んでいたら『昨日蹴ったのを謝ってないけれど楽しそうに遊んでるなぁ。たぶんあの子はまだ許してないけれど』と思いながら眺めると思うよ」
 男の子「それはなんか気まずい」
 私「『ごめんなさい』はね、もちろん相手のためにも言わなきゃいけない事なんだけれど、その気まずい気持ちを吐き出すためにも言わないと良くないんだよ。自分のための言葉でもあるんだよ」

と言うと、真剣に私を見つめて聞いていました。

 男の子「分かったよ。明日謝る!」
 私「そうだね。明日謝れたらいいね。大丈夫だろうけれど、その子が明日お引越ししてなければ明日謝ればいいもんね。」

と伝えるとハッとした様子。

 男の子「先生!オレ今日のうちに謝っておきたい人が…けっこういる!ちょっと忙しいからまたね!!」
 私「許してもらえたらありがとうだよ!」
 男の子「分かった!」

と手を振り走っていきました。

その後、彼は学校中の思い出せる限りの“謝っておきたい”友達に謝って回ったそうです。会えないおじいちゃんにも電話で謝ったそうで「先生!間に合ったよ!」と報告してくれました。

株式会社 FOKUA 産業カウンセラー武浩美

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